夜の柿
『人はかつて樹だった』 長田 弘 著 みすず書房
木は人のようにそこに立っていた。
言葉もなくまっすぐにそこに立っていた。
立ちつくす人のように、
森の木々のざわめきから
遠く離れて、
きれいなバターミルク色した空の下に、
波立てて
小石を蹴って
暗い淵をのこして
曲がりながら流れてくる
大きな川のほとりに、
もうどこにも秋の鳥たちがいなくなった
収穫のあとの季節のなかに、
物語の家族のように、
母のように一本の木は、
父のようにもう一本の木は、
子どもたちのように小さな木は、
どこかに未来を探しているかのように、
遠くを見霽かして、
凛とした空気のなかに、
みじろぎもせず立っていた。
私たちはすっかり忘れているのだ。
むかし、私たちは木だったのだ。
☆ 詩人は、霊的メッセンジャーだわ ☆
☆ 人が修行を終えたら「樹」になると思っています ☆
☆ 樹は、与えるだけの存在だもの ☆