俳句
えんぶりや沖を背にして父舞へり
篝火の光体となるえぶり摺
一団の動かざるもの大試験
初句会終へし頃より宵の星
言祝ぎの大黒舞や能の村
一月の海の黒さや岬馬
直会や両手に受けし初手水
大寒や足袋のこはぜをかけ直す
うすやみに雪見障子のあをさかな
床の間の備前の花器や淑気満つ
雪晴れて並ぶ露店や港町
雪深き夜の無呼吸症候群
湯気たてて南部鉄瓶座を得たり
早春の土のぬくみや樹霊塔
春の雪むかしむかしの子守歌
生けるものみなぎる気配春障子
うすやみの梅の白さや掌に親し
いっぽんの干し鱈縄に吊られをり
流氷をつなぐ半島帯のごと
癒ゆる日や空の青さとチューリップ
初蝶の生徒の列へ消えゆけり
しゃぼん玉やすらぎといふものほしき
教え子の句集 書店に並ぶ春
教え子と手を重ね合う雛あられ
淡き色両手で受ける雛あられ
惜別の歌を奏でて雛あられ
雛あられ童女のごとき母の膝
黒板にさよならと書く雛あられ
図書館の午後の日だまり春めけり
春昼や駝鳥の卵ふところに
シャッターの奥に人影春灯
春障子胸の高さに光りけり
春障子二つの耳に海の音
百年の帰化植物も春めけり
木しゃもじで切るごとほぐす春の鮨
ゆるやかに袱紗を畳む春座敷
春雷や一刀彫りの不動尊
初めてのピアスを揺らす春の旅
蕗味噌や隣近所にお裾分け
春うらら滑らかに押す車椅子
癒えし母の荷物解くや花の韮
山菜を食べる楽しみ山笑ふ
酒蔵の清き神棚水温む
春浅し診察台の尾てい骨
水脈は体内にあり木の芽時
子猫すぐ家族となりて大の字に
はなびらの窓を横切る早さかな
五月晴れ太極拳の円描く
ドカドカと全力疾走五月晴れ
校訓は文武両道風光る
巻き貝の光の渦やあたたかし
貧乏な家でよかった春ごたつ
ラプソディーインブルー聴く春の雨
春雨や祖父の手彫りの蔵書印
まんまるな童心となる草の餅
かざぐるま日はさらさらとこぼれけり
てのひらになじませてをり桜貝
指紋つく玻璃戸の中や花曇り
花冷えや飯粒ひとつとれにくし
花衣亡母の鏡置きしまま
散りいそぐ花の向こうに人の波
葉桜や石碑の文字の大らかに
大皿にシナモンロール春うらら
ころころとまろぶ子犬に桜降る
桜守よりこぼれたり二三片
たたみたる肌着の匂ひつつじ燃ゆ
若葉風大仏殿の瓦屋根
燕の子羽毛を風になびかせて
口開けば口となりたる燕の子
電線に並ぶ雀や春の虹
言の葉に嘘の匂ひや春の雷
花曇課外授業のパイプ椅子
花曇呼吸を止めてレントゲン
花水木始業ベルまで後1分
晩春のとるにたらない痴話げんか
夕霞よりひたひたと三島由紀夫
青嵐みな無口なる会議室
葉山葵をくるむ新聞木のポスト
木のベンチペンキ塗り立て風薫る
夕風やトマトソースを煮込む鍋
たくわんをかみゐて無言春時雨
春夕焼ブラスバンドの部室満つ
赤ちゃんの笑窪がふたつさくらんぼ
襟足にまつはる髪や梅雨長し
朝刊のインクのにじみ梅雨寒し
梅雨最中貨物列車のきしむ音
父の日や父の電話に目覚めけり
尻光る蟻の登りし一揆の碑
黒板に立志と書けり新樹光
瞬間の一本背負ひ雲の峰
鉄線花少年詩篇読むベンチ
バナナの木もらい受けたるスクーター
烏賊釣りの男所帯の皿一枚
さくらんぼ買ひし小銭はポケットに
天女舞ふ空を飲み干すビールかな
短夜のぷくりと浮かぶマリモかな
木下闇彼方の君の声聞こゆ
手に受けし蛇口のしずく桜桃忌
大人びた少女の恋やピーチパフェ
図書館の椅子のきしみや梅雨来る
虹の輪をくぐり抜けたる太平洋
王さんの七味をきかす夏料理
夏帯をぐるぐる巻きて歌舞伎座へ
少年のごとき少女の初浴衣
もぢずりの螺旋右巻き左巻き
滴りや見上ぐる先の巨石群
なで肩の蛍袋や如来堂
真青なる空まで十歩木下闇
まさをなる空粛々と雁帰る
旧友のジャズ演奏や星涼し
夏座敷畳にこぼす粉おしろい
黒塗りの文机一つ夏座敷
風鐸の幽かな響き法隆寺
羽アリ湧く隙間いよいよ極まりて
能面の尉の目光る夏座敷
もてあますキャンプの夜の血潮かな
向日葵やドアベル変わるレストラン
人体は一枚の皮膚衣替え
三つ編みが祭りの中を撥ね上がる
今朝も我が水音のせり原爆忌
五分刈りの少年の首原爆忌
一日に三度のご飯終戦日
玉砂利に額ずく法師油照
油照ずつと居座る後頭部
銭湯や誰も居ぬ間に平泳ぎ
白檀の扇子に隠す生欠伸
台風来特急列車の固き椅子
大夕焼同行二人の鈴の音
びいどろのシャンパンの泡上昇す
八月の傷痍軍人路地の闇
水羊羹四角四面の皿に盛る
透明な器でいたし心太
新涼や数珠玉の音ふれあへり
新涼ややはらかき身のみな動く
幽谷の月にも触れよ山桔梗
山寺の月光浴のこけしたち
人生に一も二もある秋刀魚喰ふ
新涼やピアスを揺らす日曜日
鮭の口大きく拡げ風通す
本の帯はらりと落ちし軽き雷
月下美人の開きし気配息を止む
ひっそりと落ちてゆきけり水芙蓉
文鎮の重み置きたる秋思かな
墨の香を従えて師の神嘗祭
風の盆胡弓の闇の坂下る
かんざしの日に輝ける菊人形
まゆ玉のごと教室の秋陽射
艶消しの金縁眼鏡夜半の秋
ゆでじゃがのはさむそばからほぐれけり
爽やかや青年教師の太き眉
定位置に揺れるいつもの姫林檎
眠れない夜に煮詰める青無花果
抱きし子のどこか掴みて秋日和
若衆のねじり鉢巻き風の色
点灯の車つらなる霧の町
霧の町ヘッドランプのつらなりて
光る雲動かざる山天高し
新色の口紅つける今朝の秋
老犬の天に昇るや秋の蝶
じょんがらの野太き声や木の実降る
少年は日なたの匂ひ木の実降る
子どもより大人が多し運動会
色鳥や幟はためく村歌舞伎
蝶番外れし番屋そぞろ寒
そぞろ寒石ひとつ積む地蔵尊
校庭の横向き蛇口冬の雷
とぽぽぽと番茶を煎れて夜の長し
秋刀魚食ふ第二の人生定まらず
山寺の月光浴やこけしたち
虚も実も月光の中能舞台
オカリナのいつ止むとなき秋の暮れ
晴明の秋風楽や舞扇
教え子にありがとう言ふ小春かな
あてどなく蕾ほどける月見草
星月夜サロメの甘き言葉かな
手びねりの織部の皿の柿紅葉
無花果をもぐ掌(たなごころ)のぬくもり
色鳥や子ら一列の歩道橋
藁塚に雨降る夜の子守歌
秋燈やゆっくりたたむ島紬
メビウスの帯のごとくに林檎むく
長薯(ながいも)をすり下ろしたる太き指
風呂敷に家紋のありて新酒酌む
女生徒は寄り道ばかり柿もみじ
月兎まんぢう丸き背中かな
流鏑馬の南部曲がり屋駆けにけり
しはぶきをひとつ神楽のはじまれり
雲一つなき青空の大銀杏
恋の歌口ずさみつつ枯れ葉踏む
しょっつるや身の上話ポツポツと
ハタハタの固きぶりこをしたたらす
良寛のわらべうた聞く囲炉裏端
タンタンと一両電車霜の月
コツコツと鳴る顎の骨獺祭忌
丸文字の葉書をもらふ小春かな
逆立ちの脚先伸びて鴨の水
一葉忌ペンを走らす夜の机
冬ざれや丹塗りの椀にやわき闇
セーターのとっくり襟の首となる
暮れ早し手を当てて切る鱈の腹
あご髭をずりりと撫でて冬囲
地下街の人待ち顔や返り花
初雪や新宿高層ビル群に
岩山に炎ゆる日ありて登りゆく
くれなゐのストーブ列車夕陽中
ドイツ語の楽譜を閉じる聖歌隊
神棚に宝くじ据ゑ年惜しむ
鱈汁や樹影にひびく馬車の鈴
法螺の音の吸い込まれゆく寒の空
鍋焼きの鍋の明るさ手でくるむ
あらたまや太平洋の怒濤音
あらたまや芽を出すものの堅きこと
初夢や鎮守の森の息深し
赤ちゃんの指をくすぐるささめ雪
新年の月を宿せる床柱
手相見の紋付き袴去年今年
ささくれの心にしみる蜜柑かな
昔よくモテたものだとちゃんちゃんこ
暖かな人の心や冬ぬくし
ふくろふや無音無声の風匂ふ
すれ違ふ人のマスクや白梟
亡き母の冬羽織着て座りけり
海越へしクリスマスカードのぬくみ
初雪や異国の銅貨拾ひけり
しぐるるや椅子の下なる盲導犬
しぐるるや包丁の柄を布で拭く
鰰の固きぶりこをしたたらす
はたはたの鍋や身の上話など
静けさや枯葉の道に地蔵様
牡丹雪壬生義士伝を寝台に
冬枯れの土もののふの帰らざる
胎児にも体温ありて雪しまく
大寒や待合室の尾てい骨
しぐるるやチョークの粉を布で拭く
冬銀河祈りの椅子の固きかな
クリスマス少し間のある自動ドア
淡雪やおかめの面は下ぶくれ
たんたんと一両電車雪晴れ間
あらたまや抹茶の色を濃くしたり
新しき本の匂いや淑気満つ
読初や炭の香りの手漉き和紙
読初のいともやさしき南部弁
一月の歩道橋膝きしむ音
冬の雨真白き皿の銀ナイフ
白鳥の首を緩めて眠りけり
木の肌に手を触れてみる冬銀河
寝返りの鼻もてあます風邪の神
降る雪にぬくもりありて子守歌
大氷柱言わねばならぬことは言う
真言はオンマニペメフム雪明かり
雪の夜は座敷童の目が光る
風花や画鋲の錆びた掲示板
一月の袱紗のもみじ色を置き
冬木立術後の傷をのぞき込む
小太郎も味丸もゐるみかんかな
球根のひとつころがる冬のバス
冬枯れの土もののふの帰らざる
鱈汁や三本立ての映画館
読みさしの本の栞も越冬す
午後二時の学生食堂日向ぼこ
春雪やたぎる湯の音ひびきけり
エンピツと消しゴム替えて大試験
靴のひも結びなおして大試験
糸瓜忌や女盛りはいくつまで
沈黙のはじまる会議春の闇
陽炎の波にふくらむ核の村
きさらぎの風の中とんがって行く
無花果や3リットルの水を飲む
おみやげは金平糖や雛祭り
雛あられ少女の甘き吐息かな
車椅子最前列に卒業す
黒板にさよならの文字卒業期
春浅し鳥獣戯画の踊りの輪
シャッターの奥に人住むおぼろかな
校庭のタンポポ前に並びなさい
山笑う街に巨大な水族館
雪とけてここから風の滑走路
トラックの深き轍や寒戻る
若菜摘み道問ふ人の白き杖
制服の綻びたるも卒業す
春の水わき出す音や漬菜石
見下ろせば見上げてゐたり犬ふぐり
一両の通勤電車春の雪
午後二時の学生食堂日向ぼこ
小太郎も味丸もゐるみかんかな
冴え返る胴面小手の剣道具
大試験終えし生徒の深き息
提灯を点すともなき大鮟鱇
鮟鱇の口のみ遺し附分けする