水車小屋があった昔の農村。
水車の回る力を利用して、小屋の中で
石臼で粉を挽いていた。
やがて
もう使われなくなった石臼は
農家の物置小屋か、戸外に放り出された。
せっかくだからと安くもらい受け
今はウチの庭先にしっくりとなじんでいる。
臼としての機能を果たせなくても
こうして我が家のシンボルとして立派に役目を果たしている。
かつて 石臼で挽いたそばや、お餅は
やさしいおばあちゃんの味がした。
今は、やさしいおばあちゃんのぬくもりだけは
この石臼にしみついていて
石なのに、あたたかい。
石は魂の記憶
ささくれた 今日という日
ふさがれた こころを抱えて帰ると
どっしりとした石臼が わたしを待ち受け
いっしょに呼吸すると
だんだんまあるくなってゆく
愛するものに囲まれた日々を
わたしは愛する