narinattaのスイートプラン

気ままなライフ日記

朝がゆ

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朝がゆ


雪もなく穏やかな3日。

蟹入り朝がゆでごはん。

その後、「エジプト」DVD鑑賞。

千恵子さんの息子さんが出演なさっているの。


羽田美智子さんがスキューバダイビングして

クレオパトラの海底宮殿を探索するという企画番組。

古代エジプトも古代日本の天照大神さまもインカもマヤも

太陽崇拝であり、もともとの信仰の原点は「太陽」である。

これが、種々雑多な信仰に別れて今に至るが、

すべてのもとをたどれば、「太陽」「光」なのだ。

私がこのブログタイトルを「光食へのチャレンジ」としたのは、

太陽の恵みである「食べ物」への感謝、生かされていることへの

感謝の記録をしようと思い立ったのであり、

すべての命は「光」そのものだとするエジプト神話とつながる。

千恵子さんの息子さんの専門は「建築工学」なので、

その視点から

聖なる意味(世界共通の原点)を解析すると、興味深いお話が

伺えるのではないかしら。


ともあれ、

「食べ物ブログ」と蔑視する男性がいるが

不思議にも女性で、そういう人がいないのは、

「食べ物」と「神々」との密度を本能的に受容しているからで、

認知を越えた何かを体得しているからだと思う。


なぜ、ブログに「何を食べたか」を載せる意味があるのか、

私もなぜ、デジカメまで用意して写すのか考えてみると、

「太陽の光」は、命の原点であり、

自分の命も、食べ物の命も、ひとつながりの尊い贈り物として

記録にとどめておきたいという願望からである。


それに

心をこめて料理したものは

美しい。

自分のがそうだというのじゃなく、素材を生かす

盛りつけや味わい、器を含めてのすべてが、

一期一会のエンターテインメントだ。

はかなく消えてしまうものだからこそ、いとおしい。

演劇や映画や音楽と同様に、人を幸福にする。

自分以外の誰かを「おもてなし」することで

人は真に幸福感で満たされる。

ひとりご飯が、なんだかせつないのは

幸福を共有できない欠落感があるからだろう。



小難しい言葉を駆使して、観念的なブログを構築する輩も

それなりのポリシーがあってのことだろうから、批判はしない。

・・・にしても、

料理や食べ物画像をアップしたブログを低俗とみなし、

「ケッ」と小馬鹿にする輩に

「おまいさん、まだまだだね~」と揶揄したくなるのである。